単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

舐めていました

 

その前に、三代目んちの開いていた窓を、午後からの悪天候に備え、今閉めてきた。

さあ、行くかあ・・・思い立ったが吉日!

二時間は歩かないと、ただの散歩で終わってしまう。

 


 

町ん中より郊外へ向かおう。

向こうのコンクリートの建物は山形大学農学部、手前はその農場。

大学の隣には、ボクが60年前に卒業した小学校が、改築された姿で今もあります。

 


 

ここ県立高校共用グランドが、おそらくこの町で唯一ラグビーポールの立つグランド。

共用と言っても、今は一校だけがラグビー練習に・・・、いや、無くなったかな?

このブログを始めた頃、ボクもその練習にお邪魔してたんですけどね。

(このグランドでの遠い昔の記憶=過去記事)

 


 

羽越本線を越えれば、この先は水田地帯が広がります。

まだ歩き始めて三十分も経っていないのに、もう右膝にきやがったぜ。

こんなはずじゃなかったなあ・・・二時間持つような歩き方をしましょう。

 


 

一般道から農道へ。

こんな道なら、気兼ねせずにのんびり歩くことが出来ます。

今、稲刈り作業中の田んぼは見えませんが、半分ほどは刈り取りを終えています。

 


 

今は「転作田=てんさくでん」とは呼ばないんでしょうけど、中身は一緒かな?

所有者、耕作者、作物名が記載されたカードには、一般大豆とあります。

今度は、コメの増産にシフトチェンジするんだそうですね。

 


 

気付けば、お米の香りがしませんねえ・・・天候のせいかなあ。

曇天の空の向こうには鳥海山

晴れた日なら、庄内平野の秋が際立つ光景が香り付きで見られたんでしょうね。

歩き始めて一時間、ここらで帰路を考えながら住宅地へ。

 


 

あれ? 見たことあるけど、ここじゃない・・・街の真ん中にある公園にあった。

出来た時から、「なんだあれ、ご城下に中華街の門かよ」と評判が良くなかった。

ここで第二の人生を歩いていたんだね・・・相変わらず際立ってはいるけど。

 


 

おぼろげに思い出し始めた遠い昔の記憶が、ここに出くわしてハッキリ蘇ったぜ!

なんか、笑っちゃうなあ・・・身バレするから、このへんでやめとこ。

懐かしいなあ・・・若かったしね。

 


 

ダラダラ歩きの一時間で、ここまで足にくるとは思わなかった。

右膝を庇って歩くせいもあるのか、両の大腿四頭筋が、情けない程に疲れてます。

走れないまでもスクワットは再開しているのに・・・全然、効果なしかよ!

 


 

再び山形大学農学部まで戻ってきました。

他意はないけど、緑深い母校のキャンパスの光景が脳裏に浮かんできました。

また、賢治さんに会いたいね。

 


 

普通に歩けるなら、あと10分ほどで自宅なんですが・・・あと20分かな。

二時間歩いてみたけど、マップで計測すると7キロほどのゆっくり散歩。

まさか、こんなゆっくり散歩で、ここまで足にくるとは思わなかった。

ウォーキングを完全に舐めていました・・・、老化を認める?

これからは、「バス旅」とか「タクシー乗り継ぎ旅」の見方が変わると思うよ。